伴走談

「できる」「できない」を知るは、自分を知る第一歩|モデル・YouTuberたきび【Vol.8-01】

悩みと向き合い、乗り越えてきた人びとのお話を聞く雑談インタビュー。

第8弾はブライダルモデルの活動しつつ、スリーピースバンド「datto」としてYouTubeで動画配信もしているたきびさんです。

たきびさんと知り合ったのは、なんとBlindUp.のお問い合わせページ。しかもサイトをオープンした当日でした。

悩みと向き合い続ける自分を一つのロールモデルとして掲載して欲しいと、嬉しいお言葉をいただき、お話しすることができました。

モデル活動をされていることもあり、第一印象はとても爽やか。悩みなんて、あってもちょっとしたことくらいじゃないかと思ってしまいます。

しかしその背景には、不登校という挫折経験がありました。

不登校を乗り越え、今はモデル・YouTuberとして積極的に表舞台へ駆り出るたきびさん。

今の生き方をどのように見出してきたのか、お話を聞いていきます。

インタビュアー:かめ(@okame1470)、サカアキミツ(@ebinari
カメラマン:Unosvky(@Unosvky

コンプレックスと向き合いながらも、やりたかったボーカルを始める

かめい(以下略)
かめい(以下略)
今活動中の「datto」はボーカル兼ギターですよね。音楽活動を始めた時もボーカルからやったんですか?

たきび(以下略)
たきび(以下略)
ボーカルは高校卒業からです。それまではベースを中3から始めて、高校生の時にバンド組んでギターに転身って感じですね。
全然ボーカルは遅いです。でも歌が好きだったので「どうしてもやりたいな」と思って、卒業してからやるみたいな。

ボーカルやりたいって気持ちもありつつも、ベースとギター続けてたんですね。

自分の個性、パーソナリティが出るのが歌だなって思ったんです。ギターはぶっちゃけ誰が弾いてるか分かんないじゃないですか。で、一番個性が出る歌をやりたいなと思っちゃった、実は。
でも勇気でなくて、やれなかった。

そこは勇気でなかった…。

恥ずかしくないですか?一番、傷つくポジションってボーカル、歌じゃないですか。で、卒業する半年ぐらい前からボイストレーニングいき始めて、そのまま専門学校行ったって感じですね。

やるんやったら、ちゃんと胸はれる状態にしたいなっていう?

そうですね。完璧主義なんで完成しているものを見せたいなっていうのはずっとあります。

声に関して自信なかったってことですか?コンプレックスやそこから来る後ろめたさがあった…?

声は、気に入ってもらえることは多かった。でも音感がなかったのが、すごいコンプレックスでした。

音感ですか…。

正直音痴だったんで。そこのコンプレックスはありましたね。音外してるのが自分でもよくわからないみたいな感じだったんで。
でも今歌えてるのは、だいぶ練習したなっていう自負があるからですね。

できるのは、努力してきた証拠

良いですね、裏では努力しているという感じが(笑)。

サラっとこなしそうとは言われますね。
でもめっちゃあがり症で、緊張しないためにはどうすべきか考えてました。最初のライブとかもう足震えてましたし、フレーズも飛ぶしみたいな(笑)。
だから今は大勢の前でも全然行けるようにっていう努力はさりげなくやっております。

さか(以下略)
さか(以下略)
僕も人前で話すの全然無理だった。

へぇ、今はもう全然跡形もなく?

うん、ほとんどなくなったかなぁ。

それはどうやって克服を?

大学の大人数の授業で、教授が「なんか質問ありますか?」って言っても絶対誰も挙げないじゃないですか。そこで絶対挙げるってのをやってた。
質問すると、絶対みんな見るから。

確かになかなか質問しないね。

絶対しないから目立つし、それで先生に覚えられて、ね。単位も取りやすくなるっていう(笑)。

イベントとかでも最初に質問するのが得よね。その後でも懇親会とか行ったら覚えられてたりするし。

質問するのはその人単体の話じゃないですか。あとはもう全然気にならなくなるんですよね。一対一になるんでその瞬間。

なるほど、逆にその場に合う質問を考えてしまって、結果できないってことが多いと思う。

あると思う。でも僕は自分が聞きたいことを聞くだけ。だから、すごいシンプル。

たきびさんだと、歌だったらまた違いますか?

歌だったら究極目を閉じててもできますからね(笑)。逆に俺だと50〜60人の方が緊張しますね。人の目が見えるんで。
例えば1,000人とかでやると、逆に目が見えないので全然緊張しないんです。目が自分を見てるかどうかって意識しないと分からないから。全然自由に動き回れるし自由に歌えるし、声も大きく出せるんですけど、少ないプチライブみたいなのだと、逆にめっちゃ緊張するっていうのはある。

あー、見られてるっていう…。

そう、見られてるっていう意識があるとダメなんですよ。

できると思ったことは、できる

でも、さっき話してくれたように、できるように裏で努力する。

そうですね。僕の基本理念として、できると思ったことはできるってのがあるんです。すごくシンプルなもので。
歌やモデルは、今ここだけ取ったらすごくスペックが高いって言われるんですけど…。でもなんでできてるのかって言うと、他の人ができていたら自分にもできるだろって言うスタンスなんですよ。

できると思えるのがすごいですよね。

なんでなんでしょうね。それが僕もわからないんですけど。

何がそう思わせるっていうか、その根拠っていうか。

根拠?なんだろうなぁ…。

今「他の人ができていたら自分にもできる」って言葉があったんですけど、誰かの存在があるんかなって感じました。自分の中というよりかは自分の近い人たちを見て、そう思えてんのかなっていうのを感じたんですけど。

あー、一つは褒められたっていうのが大きいなと思いますね。運動神経が結構良かったから褒めてもらえて、「あ、俺できるんだ」って思ったのが、それぞれ派生してったっていうのは思いますね。
自分が何か一つできるっていう成功体験があったんで、周りに褒められたっていうのはでかいと思います。友達とか、親とか。自分こういう人なんだって。できる人なんだっていうインプットが早かったなって思います。

幼少期の時からそういうのがあった?

多分小学校からこのタチなんで。多分、そうだと思います。

できないと思ったことはできるの裏返し

でも逆に、できないと思ったことはできない…。

と言うと?

datto」はスリーピースバンドなんですけど、同じようなバンドでめっちゃ活躍してるバンド見ると、嫉妬と悔しさで聞けないんですよ、辛くて…。
「なんでこいつらできてんのに、俺ここにいないんだろう」って気分になっちゃって。憧れとかリスペクトの前に、悔しさがめっちゃ出てきて。
スリーピースバンド「datto」。「邦ロックあるある」のMVでバズり、一気に話題に。
ボーカルのたきびさん(中央)対して、ギターの池戸さん(右)とベースのまさとさん(左)
できると思えるできるって思うけど、その一線を超えるとできないことはできないってとことん思い込んじゃう…。

年齢上がってからそういうのを経験する人もいるじゃないですか。だから、たきびさんが自分の特性に気づいたのはすごい早いんだなって感じました。

実は、自分ができないことはできないと思ってしまうことに自覚できたのは最近なんですよ。

へぇ、それはきっかけはあって…?

きっかけは大学時代なんですけど、当時組んでたバンドのリーダーに言われたことは結構ありましたね。
「自分を安売りするな」ってよく言われました。できないことに対してできないと言って、色んなことを安請け合いしたりとかしてたけど、「自分に価値がある、客観的に価値を見ないといけない」って言われて「あぁ、なるほどな」って。

生き方を教えてくれた、当時のバンドリーダー

今の様子見てると、そのリーダーの存在がとても大きかったんだろなって感じました。

めちゃくちゃでかいですね。専門辞めて大学行くことも、その人との相談で決めたと言っても良いくらいです。
当時の偏差値32くらいしかなかったのに、志望は早稲田だったんですよ。でも9ヶ月で早稲田行こうって決めた。結局落ちたんですけど、目指すと決めたら本当に早稲田受かると思ってやり切れた。
さっきできると思ったらできるって話したんですけど、リーダーに相談したことも影響あったと思います。

めっちゃでかいですね。

分岐点にその人がほぼ確実に居たんで。なんだかんだ一専門学校時代からバンド7年間くらい一緒にやってましたね。
礼儀のことから、楽器をどういうマインドセットで聞くのかとか、そういう精神的なことをめっちゃ教わったって感じですね。年上との接し方とかも。それが今めちゃくちゃ生きてます。
生き方において大事なことを教えてくれたんですね。音楽の方はどんな感じやったんですか?

ピアノボーカルの人で、作詞作曲もしていましたね。すごい天才的で、その場で作詞作曲したりとか、曲聞いたらその場で即興で弾けるとか。すごいセンスの塊みたいな人でしたね。
伝え方も、「ここはもっとね、宇宙に飛び抜けていく感じ何ですよ」って(笑)。すごい抽象的に言うんですけど、逆に理解しやすい。抽象的なほうが分かりやすい。

建前のコミュニケーションよりは、その場の空気感や雰囲気を感じ取って表現している感じでしょうか…。

それはありますね。あと音の出し方。一つのメロディーでも、コードのつけ方とかが特殊なんですよ。でもそのおかげで音が広がりが生まれて柔らかくなるんです。自分の世界観を作ってましたね。

僕Web系のディレクターやってるんですけど、デザイナーさんに世界観を伝える時に、「こう言う色で」とか「こんなニュアンスで」ってすごい抽象的に伝えるんですけど、それと少し近いのかなって思いましたね。はっきり言ってないのに、何となく伝わる感覚。そんな感覚を持っている人同士と仕事を組むと上手くいくっていう。

あー、分かります。通じますよね。言語にならない非言語コミュニケーションと言うか。

それって音楽と近いのかなって。

確かに、めちゃくちゃ近いです。

阿吽の呼吸って感じですね。逆にそれでしんどくなったことはないですか?

ありますね。ちょっと違うかもなんですけど、大学院時代のゼミ環境にストレス感じて、不登校になっちゃったんですよ。

えっ何があったんですか?

できるけど、できるまでの道のりが遠すぎた

大学院時代の不登校は環境のストレスって言ってくれましたけど、実際どういう…?

法学部から文学系の大学院に行ったんで、めちゃめちゃ意味がわからないんですよ。「何を言ってるんだこいつら」って(笑)。専門用語がめっちゃ出てくるんですよ。言葉として知ってても。僕らが知ってる意味とは違ってたりもする。

もう既に知ってる状態の人たちの中、知らない自分に耐えられなかった?

そう。めっちゃ恥ずかしかったんですよ。さらに同期の子が卒論の評価が歴代2位とかの人もいて。
「こんなの知ってて当たり前」って空気あった。あと授業のレジュメが60枚出てきて、「これについてどう思いますか?」とか言ってくる。

大学院は一番専門的なことを学ぶ場所ですもんね。

全然わかんなくて。次元が違って、まず本の漢字が読めないんですよ。この年齢だとある程度読めるじゃないですか。でも読めなくって。
しかもその授業6人くらいなんですよ。少人数だからこそ、「やべぇ」って。周りの人はすごい優しかったんですけど、自分がどう思われてるのかとか気にし過ぎて。

できると思ったから、大学院へ進学したと思うんですけど、あまりにもハードルが高過ぎた…?

できるとは思ってても、できるに至るまでの道のりに対するストレスが半端なかったですね。みんなが4年間でやってきたものを、僕は数ヶ月。追いつけるとしても、みんなできるのに、自分はできない状態で追い続けるのは、さすがにしんどかった。

ちなみに、文学系の大学院に進学したのはどうして?

国語の教員になりたくて。だから正直文学をやりたくて行ったわけじゃないんですよ。そういう辛さもあったかなっていう。

できると思っていても、本来の目的につながらないことをやるのはストレスですよね…。

そうですね。朝5時から9時までバイトして、研究室行って授業受けて、そのあと7時から日をまたぐまでバンド活動って生活してたんで。それはもうヤバかったですね、ストレスで。
バンドも僕が一番年下だから一番気を遣うポジションだし、バイトも始めて数ヶ月でめちゃめちゃ気を遣うし。っていうので、進学から半年経って「ちょっと休もうかな」って思って休んだら、半年くらい行けなくなっちゃいました。今はいい思い出ですけどね。

振り返ってみるとって感じですよね。

そうですね、あの時はきつかったけど、良い経験だった、みたいな。

モデル兼音楽家。一見聞くと華やかな生き方をしていると感じてしまいます。

でもたきびさんも、僕たちと変わらなくコンプレックスがあった。それでも乗り越えようと裏で努力していたこと話してくれました。

たきびさんが乗り越えたれたのは、「できることはできる」という強い気持ちですが、決して一人でその気持ちを持ち続けられた訳ではありませんでした。
その大きな支えとして、大学時代のバンドのリーダーの存在が。

それでも大学院時代は乗り越え切れず、不登校になってしまう。

たきびさんは、この不登校をきっかけに自身の特性を知ることに。

次回、挫折からどのように向き合うことができるようになったのか、お話を聞いていきます。

Blind Up.は関わりたい方をお待ちしています

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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