伴走談

“どこ”にいるかではなく“だれ”といるか|「ゲストハウス運営」三浦 彰久さん【Vol.9】

悩みと向き合い、乗り越えようとしてきた人びとのお話を聞く雑談インタビュー。

9人目は、世界遺産「熊野古道」がある和歌山県田辺市でゲストハウスを運営する三浦さんです。

中学から大学まで、有名私立学校に在籍。家族の影響もあって、幼い頃から会計士を目指していました。

しかし大学時代、このまま会計士になることに疑問を抱いた三浦さん。

家族も大学も居場所がないと感じ、海外を放浪することに。

就職しても、会社員として生きていくことにも疑問を抱き、10ヶ月で退社しました。

そこから5年間、全国を転々としながら自分の生き方を模索。

そして今は、ゲストハウスの運営者として和歌山田辺にその身を置いています。

はたから見るとただ現実から逃げているだけかもしれません。

しかしこの時間は「遠回りかもしれないけど、必要だった」と三浦さんは語ります。

5年という模索の時間の中で感じたもの得たものについて、雑談してきました。

有名私立一貫校へ入学、疑いもなく会計士を目指す

三浦さんの出身は横浜。

中学受験をし、全国でも名高い有名私立学校へ入学。

そのまま大学まで進学されました。

一見、エリートの道を進んでいるように感じます。

しかし三浦さんにとっては、学校行って家に帰る日々に飽きたのがきっかけだったそうです。

三浦さん:自分の学校生活に飽きたんですよ。「何か新しいことしたい」って思って、中学入試ありだなって(笑)

ただ、彼の両親は2人とも会計士。

将来はなんとなく会計士になるだろうと、胸に抱きながら過ごしていたそうです。

はっきりとした目標はなく、そのまま大学へ進学した三浦さん。

その姿は、私たちと大きく変わらないごく普通の学生でした。

なぜ会計士になるのか?自分の中に見出せず挫折

大学へ進学し、本格的に会計士の勉強を始めた三浦さん。

この時、彼の中で大きな挫折を経験します。

周りが会計士ブームみたいな雰囲気があって「えっお前もなるん?」みたいな。それが結構嫌に感じたんです。

両親が会計士であることから、疑いもなく会計士になると思っていた。

しかし実際に勉強を始めたことで、初めて疑問を抱いた。

何のために会計士になるんだろう?」と。

会計士の勉強はとても細かく、たくさん時間を費やす必要があるとのこと。

場合によっては1日10時間と大学受験と同じような勉強量が必要だそう。

だからこそ、会計士になる目的は何なのか考えるようになった。

しかし、それだけ会計士の勉強は大変なのに、同級生たちは平然と勉強をしていた。

明確な目的がなくて身が入らない、でも周りは同じような境遇なのに勉強できている。

何も出来なくなった自分に、嫌気が差したのではないでしょうか。

三浦さん:家も学校も居場所ないって思うようになって、そこからずっと生き方を模索してる感じですね。

彼の生き方の模索は、大学入学後半年で始まっていました。

自己否定の中で始まってしまった模索

小学生からなろうとしていた会計士になれなくなった三浦さん。

その挫折経験は、彼自身の中で大きな喪失感を生み出しました。

それを払拭しようと、海外など違う環境へ行くようにしていました。

しかし彼の中から、喪失感は消えことはありませんでした。

バイトも3ヶ月以上続いたことなくて、結局「これやってる意味あるかな?」って思ってしまって。

実家も貧しいってわけではなかったから、ただ生きるために働くってことは続かない。

社会が求めていることと自分がやりたいことが重なる「ライフワーク」が見出せなかったんです。

ついつい意義を見出そうと考えてしまって続かない。

そしてまた、自分に嫌気を抱いてしまう。

彼の中に、自己否定感が根付いていってしまいました。

就職先でも見出せない

やりたいことがなく、就職活動もギリギリ採用活動をしている秋に始めた。

無事就職したとしても、入りたかった営業部ではなく、会計の勉強をしていたということで経理部に配属。

入りたかった部署じゃなくても頑張る自分でありたい。

しかし実際に働く先輩たちの姿を見て、また疑問を抱くことに。

三浦さん:平日会社で働いた後に会社の人と飲み会、週末はゴルフ。
ずっと会社の人としか一緒にいないのかなって。
それで先輩社員から「私も頑張ったからあなたも頑張りなさい、石の上にも3年よ」って言われたのが、最終的なトリガーになりましたね。

「えっなんであなたのようになる前提なの?」って。

大学時代の挫折を乗り越えようとしても、今いる環境から見出せないもどかしさ。

結局、10ヶ月で会社を辞めてしまいました。

辞めたとしても、行く当ても何かやりたいことがあるわけでもない。

そんな状況で辞めるという選択をするのは、とても大きな勇気がいるんじゃないかと感じました。

しかし三浦さんの様子からは、自分の生き方を見出したい故の、とことん納得したい気持ちを見受けられました。

何もない状態よりも、自分の未来が分かる場所に長く留まる方がしんどい。

そう感じたからなのか、彼は会社から離れることにしました。

5年間の模索、全国を転々

会社を離れた後は、地方のNPO活動に参加したりして全国を転々とすることに。

自分がどうなるか分からないまま、全国を周るのはとても怖いはず。

その勇気は、どこから出てきたのでしょうか。

ーー全国を転々とするのにハードルは感じなかった?

三浦さん:何もないからこそってのもあったんですけど、むしろ実家にいる方がハードル感じた。実家よりもどこか違う場所で生きている方がいいって思いましたね。

大学時代の時点で実家に居場所がないと感じていた。

実家に留まるよりも、少しでも自分の生き方を模索できる場所へ赴く。

そして5年後の2018年の夏、たまたまSNSで峯上さんのことを知ることに。

同じように挫折経験を持ちながら、自分の生き方を実践している人として「とりあえず会ってみたい」と、和歌山田辺の地に足を付けました。

そのフットワークの軽さには驚きます。

彼からは「慣れただけ」と話します。

しかしそれは、生き方に向き合ってきたからこそ、培われた強みではないでしょうか。

2日だけ滞在するつもりが2ヶ月に延び、そして一緒に活動することに

三浦さんが峯上さんの元に向かったのは、単純に彼がどんな人か知りたかっただけ。

友達の家に遊びに行くような感覚で2日だけ滞在するつもりが、お互い話していくうちに2ヶ月も過ごしてしまうことに。

最初は峯上さんの知人のお手伝いから始まり、その次はシェアハウスに住み込み、そしてTSUKASAハウス(※)の管理人へ。

「どこにいるかではなく誰といるか」生き方を模索して見出されたもの

自分が感じるままに生きたいと思う一方、頭の中では「こうするべきじゃないか」という考えがよぎる。

はっきりと自分の生き方を見出せないもどかしさ。

そんな葛藤は、誰しも抱いているのではないでしょうか。

正直、5年という時間は長く、苦しかったのではないかと感じました。

しかし三浦さんは、この5年間は「必要だった」と語ります。

三浦さん:不器用だから、振り返っても「こうすれば良かった」ってあんま思わない。むしろ今までの出会いがあったから今がありますし。1人でビジネスやって結果だせるような強靭な人でもない。

今退職した23歳に戻っても、あんまうまくやれる気がしないですね。結局、人と場所とタイミングがあって、もしかしたら5年っていう時間は遠回りでしたけど、必要な時間だったかもしれないです。

5年という時間があったからこそ、巡り合った出会いがある。

縁もゆかりもない和歌山田辺。

でも、そこには一緒に活動したい伴走者がいる。

今、三浦さんは模索の時間から見出した生き方をまさに実践しています。

生き方に悩んだ者として、おなじ当事者と向き合える存在へ

峯上さんと出会ったことで「救われた」と語る三浦さん。

生き方に悩んでいる人にとって、同じ立場に立って一緒にいてくれる存在は必要だと、彼は語ります。

三浦さん:自分自身苦しかったから、サポートしてくれるような、そういう人が欲しかった。支えになる人と出会って助かったから「仕組みとして必要じゃないかな」って。

彼は今、田辺市の観光センターで訪れた観光客の案内の仕事をしながら、「Gifted Creative」の活動を峯上良平さんと共に行っています。

ただ働くのではなく、自分の人生を通してやりたいことを模索しながらも実践していく。

三浦さんの目には、それが実現できる可能性が見えていると思います。

もしかしたら、今まで通りまたどこかへふらっと行ってしまうかもしれない。

しかしどこへ行っても、その場で出会った人を大切にし、同じ生き方に悩んだ当事者たちと向き合っていく。

「どこにいるかではなく、誰といるか」

三浦さんの模索から見出されたもの。

それを実践していくのが、彼の生き方ではないでしょうか。

 

 

エディター:Saka Akimitsu(@ebinari

ライター:Kamei Fumito(@okame1470)

ライティングサポート:Sato Ryota(@RyotasannNo

カメラマン:Hashino Takahiro(@hashinon12)

インタビュー日:2020年01月13日

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